7月23日(金) 公式予選 他フリー走行本日はフリー走行、予選(第1、2、3ライダー×2回)、夜間走行が予定されています。9:00から1回目のフリー走行です(8耐ウィークはなんだかやたらと走行枠が多くあります)。メインカーのハンドル取付角を私仕様にして樋口選手に乗ってもらって確認します。樋口選手いわく「すごく違和感がある。特に立上りでリヤが滑る時にカウンターステアがあたる蛇角が大きく感じられるので、大きく滑ったように感じられる。乗れない。」とのことでした。う〜ん、ということは妥協点を探すか、私が広い取付角に慣れるかしないといけないようです。また、私用にオートシフターのオンオフスイッチを新たに設置してもらいました。ありがとうございます。予選予選は、昨日の走行の結果から最もタイムの出ている萱原選手を第1ライダーに変更し、第2ライダーに樋口選手、第3ライダーに私というオーダーで走ることになりました。第1ライダー1回目の予選は11:00から30分間で行われました。天候は快晴、風はほとんど無く、気温36℃、路面温度は50℃を越えています。萱原選手は順調にラップを重ね6周目に2分18秒811をマークし45番手でした。トップの秋吉耕佑選手の2分08秒363からは10秒448の遅れでした。第2ライダー1回目の予選は11:45から同様に30分間。樋口選手も順調に10Lapを走りきり2分22秒090をマークし46番手でした。トップのジョナサンレイ選手の2分08秒484からは13秒609の遅れでした。第3ライダー1回目の予選も12:30から同様に30分間。路面温度60℃(!!)私の走行ですが、私の場合予選通過が切実な問題となります。予選通過の条件は、少なくとも1回は予選セッションの上位3名の平均タイムの115%をクリアしなければならない、というものですので私としては、これからの1回目の予選セッションでなんとしてもこの「115%」をクリアしておきたいところです。トップ3のタイムがどのくらいになるのかはよく判りませんが、最悪(?)の場合コースレコード更新で2分07秒台突入なんてことになると2分26秒台あたりがボーダーになりかねません。自己ベスト更新を狙う勢いでいかなければなりません。なので私は、チーフメカニックの新藤さんにメインカーのハンドルを絞ってもらい、気合いを入れてコースインしました。ノンストップで11Lapを走り、途中MCシケインを1度オーバーランしましたが11Lap目に自己ベストを更新し2分25秒039をマークすることができました。30番手でした。トップ3が2分06秒フラットでも出してなけりゃ大丈夫なはずです。当セッションのトップタイムは加賀山就臣選手の2分11秒137で、私は13秒902遅れでした。予選通過基準タイムは2分31秒467となり、私は予選を通過することができました。これで、以後の走行は決勝に向けての調整、練習に集中することができます。
フリー走行2本目 気温35℃メインカーがトラブルに見舞われたため15:40からの2本目はTカーの’07YZF−R1で走ることになりました。1本目の結果をふまえ、オートシフターを殺して、ハンドル取付角を絞ってもらいました。コースインします。まず感じたことはエンジンのフィーリングの違いです。’07R1のエンジンはオーソドックスな180°クランクシャフトを持つ並列4気筒で、とても「並列4気筒らしい」フィーリングでスムーズに甲高いエキゾーストノートとともに高回転域まで伸びていき、回転数に応じたトルクが出てくるといった印象です。オートシフターを殺したことで、私としては全く何も意識せずに普通にシフトアップすることができるようになりました(笑)。ハンドル取付角を絞ったことでコーナー進入時のフロントへの荷重コントロールがしやすくなり1本目と比べるとかなり大胆にコーナーに飛び込んで積極的に向きを変えることができるようになりました。また、この車両も5速以上でハンドルが振られる傾向はあるのですがメインカーより少し穏やかです。うまくいくと6速まで全開で走り続けることができることがあります。気分良く走っていると2周目で既に1本目のベストタイムを更新する2分29秒台に入りました。そのまま1本目と同じくコースとマシンに慣れるべく周回を続けます。8周目には私の本日のベストタイムとなる2分25秒1が出ました。1本目よりもペースが上がったせいか体に掛かる負荷が増えたような気がします、その事自体はどうということはないのですが体温が徐々に上がってきて上手く冷やせません、暑くてたまりません。だんだん体が言う事を聞かなくなってきました。ここで転倒でもしてマシンを壊してもいけませんし、危険を感じたので、ピットの指示はないのですがピットインすることにしました。舐めていた訳ではないのですが、明日からは暑さ対策を考えなければならない、と思いました。結局私は11Lap走りました。絞ったハンドルについて「乗りやすくなりました」と伝えると小島監督は笑っていました。残りの約30分は萱原選手が走行しました。2分19秒8までタイムを詰めましたがMCシケイン進入で転倒したようです。幸いな事に、萱原選手は無事で、マシンのダメージも一部外装とハンドルバー、ステップバーを交換すれば済むぐらいでした。萱原選手いわく「リヤサスのフィーリングが非常によかったのでフロントもどこまでいけるかをある程度確認しておこうかと思ったらスリップダウンしてしまった」ということでした、絞ったハンドルについては「違和感はあるが乗れなくはない」とのことでした、あとは樋口選手に確認してもらえれば判断できるかなというところです。ちなみに樋口選手は’09R1と’07R1ではフィーリングの違いが大きく「感覚が狂う」という理由で「Tカーには乗らない」予定でした。
7月22日(木) フリー走行午前中いっぱいを受付、車検等の手続き関連作業に費やし、13:30からと15:40からのそれぞれ1時間ずつのフリー走行を走りました。チームの計らいでJSB未経験で西コース14年ぶりの私に多くの走行時間を割いて頂きました。本日の主目的はマシンとコースの習熟です。なので、転ばないこと、壊さないことを最優先に1Lapでも多く周回することを考えます。フリー走行1本目 天候 快晴 とにかく暑い昨日からスタンドアップした状態のマシンには跨ってポジションをチェックしています。シート、ステップまわりはいい感じで収まるような気がします。耐久仕様のタンクはちょっと大きく高く感じられますが、タンク上面の形状は私のR6よりも伏せやすく感じます。しかし、これらのフィーリングは走ってみないと実際のところは判らないものです。さあ、いよいよ初JSBです。’09YZF−R1でコースイン、1コーナーに向けて加速します。あれっ、シフトアップ直前に失火するような症状が出ます。ああ、このマシンにはオートシフターが装備されているのね。私は今までオートシフターを使った事が無く、自分でも意識していなかったのですが、シフトアップの少し前に準備動作として左足をペダルに乗せてチェンジのタイミングを待っているようです。この左足を乗せた時点で点火カットが働くようです。ということで、シフトアップ前にペダルに足を触れさせないように気をつけてライディングすることに、とりあえず、してみます。昨シーズンの全日本最終戦でグルグル回った東コース部分を通過し、ダンロップコーナーに差し掛かります。ここから先は西コース部分になります。長〜いダンロップコーナーを左に回りこんで立ち上がると、次はデグナーです。1個目は角度が浅く、結構スピードを乗せて進入できそう(しなければならない?)です。2個目は約90°曲がっていますがカントがかなりついており限界が高そうです。デグ2を立ち上がると、左に回りこむヘアピンですが、その手前にある右に浅く曲がる100Rがクセモノです、この手前の右がヘアピン進入のライン取りを窮屈にしてくれます。ヘアピンを立ち上がると、次は、初めて通るMCシケインです、進入の角度が微妙に回り込んでおり飛び込むのにコツが要りそうです。MCシケインを立ち上がると、スプーン入口まで開け開けの高速コーナーです。この高速コーナーは、はじめ下りで、途中からやや上り、また下っているように感じました。この途中の上りから下りに変わるあたりから「縦のブラインド」気味になるため目標物が無く、スプーン1個目進入のタイミングを計るのにコースを充分に覚えなければ、とてもじゃないが、踏み込めません。スプーン2個目は、どこまで回り込んでいるのかが掴みにくく、クリッピングポイントが決めにくいです。スプーンを立ち上がるとバックストレートです。クロスプレーンクランクシャフトを持つ’09R1にムチを入れます。R1はスロットルオープンに瞬時に反応し、低く太い排気音から想像される以上にトルクが盛り上がり、元気良く加速していきます。5速に入ったあたりからハンドルが振られ始めます。200km/h以上でハンドルがパタパタというのも気持ち悪いので、一瞬スロットルを戻して開けなおします。スロットルを戻してフロントに荷重が乗るとハンドルの振れは止まりますが、開けるとやっぱり振られます。ホームストレートでもやはり5速以上で振られました。私自身がハンドルを持つ手に余計な力を入れているのか?と思い意識して試行錯誤してみましたが、どうしても振られます。5速以上では全開にできません、サインボードを読むことも非常に難しくなります(う〜ん、参ったなぁ)。バックストレートの次は130Rですが、走ってみた印象は「ちょっとしか曲がってない」です。ということは、相当速いスピードで通過できてしまうわけで、どれぐらいのスピードかというと、数値的にはよく分かりませんが「身の危険を感じる」ぐらいのスピードです。130Rを立ち上がって加速すると次に現れるのはアシオトライアングルシケインですが、このシケインがまるで冗談のような低速ターンです。曲率半径は多分0mでしょう。また、進入のラインは途中から下り勾配が付き、また、微妙に右に曲がっています、また、ブレーキ開始時と終了時の速度差が大きく、ブレーキングの精度が要求されます。つまり、真正面から少し右にずれている見えないロールポイントに向かってハードブレーキングで接近!!しかも、最適なブレーキ開始点を少しでも行き過ぎるとオーバーランしてしまうのです。走りこんでコースとリズムを覚えないと話になりません。マシンの印象は、エンジンはとてもパワフルです、動力性能については何の不満もありません、というより、扱いに困るほどです。ヘアピン立上りなどでは開けすぎると簡単にフロントが舞い上がります、「接地させなきゃ」と思ってスロットルを戻しフロントが降りたところで安心して開けるとすぐにまた舞い上がります。上手くコントロールできなくて上げたり降ろしたりを、ひどい時は3回続けて繰り返したりしていますと、ヘアピンで写真を撮っていた獺さんから「大サービスのトリプルウイリーでしたね」と言われてしまいました(笑)、すいません、コントロールできてないだけなんです。ポジションについては、シート、ステップは違和感はありませんでしたが、やはりハンドルが遠く開いた印象に感じられました、いろいろとトライしましたがコーナー前半部分が思い切って飛び込むことができませんでした。耐久仕様のタンクはやはり大きく高く、上半身を左右に大きくオフセットすることがしにくく感じられました。体の動かし方を工夫するか、動かさずに乗る方法を模索するか・・・トライを続けましょう。足回りについては、コメントできるほどの負荷をかけるまでに至りませんでした。オートシフターについては、ライディングに集中するとどうしても無意識の動作が出てしまい、ペダルに触れて失火させてしまい、うまく扱えませんでした。我ながら自分のアナログさ加減に笑ってしまいました。高速域でのハンドルの振られについては着座位置、マシンホールド、ハンドルの押さえ方にコツというかポイントがあるらしいので以後の走行で試してみます。約40分間16Lapを走ってベストタイムは2分30秒8でした。残りの時間は萱原選手と樋口選手が乗ってフィーリングの確認をしました。萱原選手は「鈴鹿300kmの時のフィーリングと違う!」と言いながら2分21秒1をマークしていました。1本目の走行後なぜかメインカーのエンジンがかからなくなりました。セルモーターが回らなくなり、まずバッテリーを疑いました、が、違うようです。エンジン焼き付き等の最悪のケースも考えられましたが、結局セルモーターが壊れたようです。セルモーターが壊れるなんてあまり聞いたことがありませんが、こういう日頃出ないようなトラブルが出るのが鈴鹿8耐なのかもしれません。決勝中じゃなくてよかったです。
7月21日(水) チーム合流昨年の全日本最終戦以来8ヶ月ぶりの鈴鹿サーキットにやってきました。本日はチーム合流、機材搬入、設営です。お昼ごろ第2ライダーの萱原正啓選手と初対面、関西弁(奈良弁)のとても気さくな方で、小柄な体で凶暴なJSB仕様の’09YZF−R1を振り回すのはちょっとイメージがわきませんでしたが、翌日のフリー走行のラップタイムは、彼が当チームのエースライダーであることを示していました。その後チーム関係者の方々が続々と集結し、監督の小島さんとも対面しました。彼は、昨年26位完走した当チームのライダーであり、また、かつて北九州のRTグローリーベアで活動されていた経歴を持ち、当時のチームメイトはあの藤原克昭選手(現WSSライダー)だったりして当時のMINEをよく知る人でした。昔話に花が咲きました。夕方、当チームのオーナーで第1ライダーでバイクショップモトキッズの店長である樋口幸博選手も合流。大柄な方で、小柄な萱原選手と同じポジションのマシンに乗っているのが意外な感じがしました。その日の夕飯は、萱原鉄板奉行の細かい指図の下、伊賀食(野菜とタレで味付けされた肉およびホルモンとうどんの煮込み鉄板的な料理)を作り、みんなでガッツリつつきました。とても美味しかったです。樋口さんは「白ご飯ないの〜?」と、まるで私の心情を代弁してくれているかのようなコメントを述べられていましたが「わがまま言わな〜い。」と萱原さんになだめられていました。翌日からは4基の炊飯器(うち1基は保温機能のみ)もチームに合流し食卓に白ご飯が加わりました。伊賀食の夕飯は、萱原鉄板奉行自らの手によって、タレ銘柄の変更や混合比の微調整を繰り返しセッティングを詰めながら、その後3日間続きました。ご馳走さまでした。
去る7月22日(木)〜25日(日)に鈴鹿サーキットにて開催されました 2010 QTEL FIM世界耐久選手権シリーズ第3戦”コカ・コーラ ゼロ”鈴鹿8時間耐久ロードレース 第33回大会(以下 ’10鈴鹿8耐)に参戦してまいりましたので報告いたします。打診今回の’10鈴鹿8耐参戦は急遽決まったものでした。T.モトキッズ/獺RTwithミカーレ はライダー3人体制でエントリーしていましたが第3ライダーとなっていた選手が筑波の全日本選手権で骨盤骨折の重症を負ったのです。怪我の回復は順調だったもののなにせ重症です、最終的には7月の合同テストで判断ということになりました。実走してみての判定は、残念ながら8時間に及ぶ長丁場の耐久レースを走りきれる状態ではないと判断せざるを得ない状況だったそうです。チームとしては「さあ困った、レースまで日にちがない、今から代わりのライダーが見つかるだろうか?」という状況になりました。チームオーナー兼第1ライダーの樋口幸博選手は、頼めそうなライダーに声を掛けましたが、急な話でもあり諸々の都合を調整してチームに合流できるライダーがなかなかいません。そんな中、チーム名にも入っている獺RTの通称獺さん(私は昨シーズン全日本選手権を転戦して1眼レフのカメラマンである獺さんと友達になりまいた)から私に電話がありました。獺さん 「唐突な話だけど、鈴鹿8耐に出てみない?」私 「はぁ〜〜・・・!!(絶句)」鈴鹿8耐といえば、日本で最も有名なロードレースであり、日本全国のみならず世界を股に掛けて戦う猛者達が集まってくるレースであります。私の認識では、決勝レースだけでもピットストップで何度もタイヤを替え、また、大勢のスタッフで役割分担をして素早いピットワークで戦う等、物量や予算や人手等の規模を考えると、私にとってはとても現実的ではなく、単なる憧れの対象のレースでしかなかったのです。しかも、この時点で決勝レースの2週間前です、ということはレースウィーク突入は10日後って・・・すぐじゃん!!そのまま電話で必要な検討事項を打ち合わせて確認し一旦電話を切りました。この打診を受けるか(受けられるか)どうか、受けるのならば今日中に決断し種々の手続きを進めなければなりません。いろんな事が頭の中を駆け巡ります。プライベートチーム参戦なのでライダーもある程度の予算を持ち込むことになります、金額的には・・・絞ったら出るかなぁ・・・? 1週間近くも仕事休めるだろうか? JSBマシンは乗ったこと無いし・・・200PSぐらい出てるんでしょう?大丈夫か俺? 鈴鹿東コースは去年の最終戦で走っているけど西コースは14年ぶりだし、しかも、ヘアピン後にシケインはできてるし、130Rの形は変わってるし・・・。タイヤはいつも履かせてもらっているブリヂストンさんではなくミシュランさんだし・・・。世界選手権がかかっているのでFIMライセンスが必要だけど・・・どうやって申請するの?っていうか、間に合うの? 等等。出たいか、出たくないか、と、問われれば・・・出たいに決まっています!が、ここはひとまず落ち着いて、こういうことはまずレイラSPさんに報告&相談です。レイラSPさんは「諸々含めて君の判断に任せる」と仰って下さいました。ありがとうございます。一生懸命やらせて頂きます。