この新聞広告を見て、同誌を買いましたがまだページを開いていません。きっと義憤で仕事が手につかなくなると思うので。何年か前、母親に「この国はもう潰れるよ」と話したら、あの世代のヒトは「国が潰れるとはどういうこと?」と訝しげでしたが、つまりはこういう事なんです。国、というより人の心が潰れる、ということになりますね。311以前の会話でしたが、そこからの復興、正常化が、心の起死回生最後の「機」だったと思います。しかし利権から抜け出せない仕組みが、正気の理論的にはありえない再稼働(どころかもとの路線にもどして、「技術」輸出までしようと)、そして大衆の目を逸らすために、もはや自分がなにやってるかもわからなくなってる某知事の、島の買取動議や、政界においては意味が分からぬ問責問題、またそれに追随する右寄りのメディア。大事なのはいま報道されているのがリアルタイムなことではない、シナリオどおりのヤラセだという認識のもと、一歩二歩先を読み考え行動することだと思います。賢人はそうしているはずです。反対派のNPO法人の代表、知らない仲じゃないんで彼の人格を信じ応援しています。踏ん張れテツナリ、おまえは周南からの希望の光だ。で、ワタシに出来ることは、、?丸1年以上経ったいま、以前よりもっともっと感じ考えるようになったヒトが多いのではないでしょうか?
まだこの店の影も形もないころ、それどころか銀色バイクの構想そのものも無かった頃、その20年ほども前に入手してた本が実家から出てきました。クルマもキライじゃないですが、カーレースには興味なし。クラシックカーはメカ的にスゴいなーと楽しめますが、所有欲(財力も)はありません。高校生(というか高専生ですが)のころから愛読していたCG(カーグラフィック誌)、その創始者たる小林彰太郎氏の視点や文章、思想にあこがれていました。今のワタシの拙いながらもメカやクルマの知識認識ベースはそのクルマ専門誌から得たと言っても間違いではないでしょう。そしてそこから派生するさまざまなジャンルの話、それらを興味のおもむくままにさまよい、漁っているうちにメカや技術だけではなく、文化や思想、人間まで否応無く「勉強」させられた、というかむろん「強いて」ではない知的好奇心からだけの「勉強」、これを雑学というのだと思っています。いまは読んでいる本が多いので、これらの再読を割り込ませることが出来るのか?(笑)
元はアジアの生活実用車兼スポーツ車、エンジンはノーマル、車体、ホイールもノーマル、電気もノーマル、だけど我々にはかけがえのないレースマシン。覆いを外し、整備状態のレースマシンは例えようもなく美しい、、、、と感じるようになったのはレースの世界に足を踏み入れてから。それまでは「なんだこのヘンな形」と思ってた。ライトは無く、「快適」なシートも、「安楽」な乗車姿勢も無い、スピードメーターさえも。あるのは窮屈なポジション、体中いたるところにアザができる無骨な造り、そして遅ければ遅いほど不安定な、速ければ速いほど安定し安全な、という一見矛盾したようなベースセッティングを施された車体。しかしそれらのすべてがただひとつの目的のための形と識ったとき、レースバイクはため息をつくほどに美しく佇む。何十億円(以上?)もするワークスマシンも、たかだた数十万円のノーマルベースマシンも行き着くところは同じだ、と判かるまでにはずいぶん時間がかかった。自分自身だけならまだしも、周囲を悲しませ迷惑をかけ、時として犠牲を払いながらやっと「その先」の入り口に辿り着けたように感じるのはただのエゴイズムなのだろうか?辺りをはばかる爆音を気にしつつ、久しぶりにエンジンをかけたそのレースマシンは、まさに我々の魂のような気がした。最後に尾籠(びろう)なハナシで大変申し訳ないが、その音を聴いたあとのお通じは誠に見事なものであった。
当時読んでいたのはハヤカワ文庫でしたが、しまい込んでどこにあるのか分からなくなってるので、今回はアマゾンで中古本を格安で入手、上巻から読みなおしました。さて当時、下巻の中程まで読んでなぜ最後まで読み終えなかったのか、、、、?ストーリーの展開があまりにもリアルで、自分の中でほとんど現実となってしまって、コドモのころからずっと最大の興味対象であった地球外生命、ま、宇宙人ですね(笑)、その結論を出されるのがよく悪くも怖かった、というのがホンネでしょうか?人類に未来はあるのか?大ゲサに言えばその審判を受けるのが当時まだ「時期尚早」と畏れてしまったようなのです。そこで「これは自分がシヌ前には読もう」と大いなる楽しみを先送りに、でもいつか必ず結末は読むつもりではありました。1999年に女性主人公役がジョディ・フォスターで映画化され、映画館に行き観ましたが、文庫で読むのを止めている辺りまで観て、とっとと席を立って出てきました(笑)。あの、宇宙からの電波で素数の連続が受信され、その電波をに隠された膨大なデータを読み解くくだりなど、ちょっとストーリーの展開が早過ぎた感がありましたが、2時間あまりの映像に集約しなければならない映画ではヤムを得ないでしょうね。さてワタシはまだシにゃしませんが(笑)、いいトシになってきたことだし、去年311のこともあるのでしょうか?いつ何が起きるか分からない人生や社会を鑑み「これはそろそろ読んでおこうか」と、アマゾンワンクリックで買った中古ハードカバー本を文庫本に比べ少々持て余しながらも、読了した仕第です。いや〜、そう来たか、が正直な感想ですが、数学界の難問とされる「リーマン予想」から想像力を圧倒的に飛躍させたかのような展開に、その結末?を未だ受けとめきれずにいます。ワタシのアタマでは数学的な理解はムリですが、いま読んでいる他の本も含めなにか明確な方向に向かっているような気がしてなりません。こりゃあ確かにシヌまでになにか、シヌほどオモシロく興味深い「真実」を知り、体感することが出来るのではないかと期待して、それまではシなずに能う限りさまざまな事象を識ってゆきたいと改めて思いました。それと今度映画DVDを最後まで観ないとなりませんね。ツタヤに再入会しなきゃ(笑)。 今年も勝手に書き綴ります。
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